「ちょっとした贅沢」 - 夕陽(お題スロット)

お題「ちょっとした贅沢」


綺麗な夕陽、というだけで少し贅沢な気分になる。
一日の終わりを静かに告げながら沈んで行く夕陽はどこかしらロマンチックであり儚げでもある。
夕陽が出た翌日は晴れる。陽はまた昇る。

f:id:ahera_ma4yi1ji2:20181020161930j:plain

 
3歳頃まで東京都は葛飾区の某団地の5階に住んでいた。
隣の部屋の家族とも近所付き合いをするほど仲が良く、同じくらいの歳の子供が3人くらいいたのでよく一緒に遊んでいた。

そのうちの一人、ダウン症の子がいた。
その子とは特に仲が良く、遊ぶのはいつものことだった。

ある日、いつものように遊んでいたのだが、団地で遊んでいたわたしら二人が夕方になってもなかなか帰ってこないことを心配したうちの母親とお隣のお母さん。
一体どこで遊んでいるのか?!もしかして事故にでも遭ったのだろうか…誘拐されていないだろうか…???
心配になり探しに行くべく家を飛び出した母親たち。

「…!!」
すぐさま母親たちは驚くべき光景を目にする。

沈みゆく夕陽を団地の廊下から黙って見つめる子供たち二人。
何も言わず、お互いの顔も合わせず、ただただ夕陽をじっと眺める子供たち。
夕陽の美しさにただただ息を飲み、物思いに耽る子供たち。
夕陽が沈み切るまでここにいたい、思いが強くなる。

子供たちの世界を邪魔せぬよう、少し離れたところでそっと見守る母親たち。
「この子たちにはこんな世界があったのか」何か大事なものを忘れかけていたかのように呟く母親たち。
いつまでもこの夕陽が沈みませんように…時よ止まれと魔法をかける。

不思議な空間が流れた昭和のある日の夕方の一コマ。
もうご飯の時間だとか、帰らなきゃいけないとか、そんなことがすべてどうでもよくなる。
夕陽は一日が終わることを告げ、明日もいい一日になりますようにと去って行く。
役目を終え夜空へバトンタッチをし、また明日もやってくる。

今自分で思うのだが、あの日、あの夕方、西の空から消えゆく夕陽を見ていた時間はちょっとした贅沢だったのではなかろうか。
大人になってしまった今、夕陽をじっくり見る時間と余裕はあるだろうか?毎日仕事やら家事やらに追われ、時間がいくらあっても足りない。夕陽を見ている時間があるならば別のことに時間を使いたい。
こんな感じで余裕がなくなってしまっている。子供の頃のあの純粋な気持ちは一体どこへ行ってしまったのだろう。

当時の自分と、一緒にいた子が何を考えていたのかはさっぱりわからない。
が、彼らにとっては世俗とは別の世界を見つけたのは確かである。
夕陽からは「大人になっても純粋な心を忘れるなよ」とメッセージをもらっていたのではないのだろうか、と今になって思う。

別にどこぞの観光地の夕陽ではなくても良い。
稚内のノシャップ岬の夕陽でもなく、秋田県のゴジラ岩の夕陽でもなく、沖縄県のサンセットビーチの夕陽でもなく東京都葛飾区の団地からの夕陽だったが、夕陽であることには変わりない。
夕方のほんの短時間に出現する夕陽は贅沢な時間を我々にもたらすと信じている。