ペクさん -高校の思い出-

高校時代、「ペクさん」というあだ名の友人がいた。
親友というか、悪友というか、悪友だった。

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 ペクさんはわたしに「アヘラ」というあだ名をつけてきた。お前はアヘラだ。アヘラというあだ名をつける。お前は今日からアヘラなのだ。わたしのことはペクさんと呼んでくれ、と。
その日を境にペクさん&アヘラ、ということになった。

しかし、何をもって「アヘラ」なのかが全くわからない。インターネットというたいそう便利なものが存在する今、グーグル先生に聞いても出てくる答えは昔のテレビ番組、しかも「AHERA」だ。カタカナではない。
もっとわからないのが「ペクさん」である。「ペク」で漢字変換すると「白」と出てくるが、白とは関係がなさそうだ。

「アヘラ」というそのわけのわからないあだ名であるが、当時からわたしは気に入っていたのだ。現にこうしてハンドルネームとして使っている。わたしはアヘラなのだ。このあだ名は運命そのものなのだとさえ思っている。そういう自分こそが究極のバカだということも十分わかっている。
ペクさんはあまりにもアヘラアヘラと呼ぶため、「あれ、アヘラの苗字なんだっけ?」と本気でど忘れしていた。まったくもって失礼な奴である。さすがにわたしはペクさんペクさんと呼んでもペクさんの本名を忘れるということはなか…嘘、あった。だってしょうがないじゃないか!忘れるときゃ忘れるんだよ!

ペクさんとは高校卒業まで何をやるにしても一緒だった。クラスが違っても休み時間には必ず会っていたほどだ。ペクさんのお母様にもお世話になった。お母様からも「アヘラちゃん」と呼ばれていた。
そして彼女は高校2年の頃我々に麻雀を教えてくれた張本人である。「麻雀部」という非公式の部活を勝手に作り昼休みを活動時間とした。いわば、麻雀の師匠である。
麻雀牌を手作りしてくる時点ですでにわかっていたが、何を考えているかわからない上に救いようのないバカである。

高校卒業後も数回だが会っていた。当時の麻雀部のメンバー全員だったり、サシだったり。サシで飲んでいたときには男の話…ヤッたときどうだっただのというまたオゲレツな話をしていたのを思い出す。
最後に会ったのは23の頃だろうか。音大ピアノ科卒の友人がピアノの先生になったのと同時期にペクさんは結婚した。わたしはしがない会社員として毎日過ごしていた。
あれほど再会を喜び、飲んで騒いだあの日を境に我々は全員が全員疎遠になった。自然と会わなくなった。麻雀部の本当の解散である。

ペクさんを始め、皆がどこで何をしているかわからない。現にわたしは転勤で東京を離れて大阪で暮らしている。会おうと思えば会えるが、実は今手がかりが全くないのだ。
できることならばもう一度麻雀部のメンツで会いたいが、会えないならば会えないでそれはそれで何かしらの運命だったのだろう。

それにしてもペクさん、歳の離れた男と一緒になった気分はどうだったのだろうか…離婚してなきゃ良いが。どういう形であれ幸せであることを祈る。
わたし?いや、生きてるよ、なんとか。安心しろ、死んじゃいねぇさ。

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