盲腸が消えた21の夏(4)あいつの正体

腹の中から盲腸なるものが消えた。
わたしは盲腸をなくした人間だ。
膣を通って腹の子を産んでなくしたのではない。右下腹部をぶった切られこじ開けられ「沈黙の臓器」と呼ばれる謎の物体を消されたのである。 出産ならば「超」がつくほどの感動モノだが、盲腸の手術なんぞ感動どころかジャーナリズムのかけらもない。

前回までのおはなし。 

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外は暑いがここだけ寒い

そんなことをむじゃむじゃ考えながら歯を磨いていた手術翌日の朝。
「ねぇちゃん、おはよう!!」

おい誰だよ、って思ったら例のスキンヘッドジジイじゃないか。
「おいねぇちゃん、どうだ?腹は痛むか?」
まー昨日よりはマシだっぺ、と軽く笑いながら答える。うーむ、笑うと手術痕が痛い。盲腸手術のあとは笑うのが辛いって本当だな。
抜糸はまだか?と聞かれた。切ったばっかだしまだまだ先じゃん?と答えた。そんな昨日切って今日抜糸したら死んでしまうわい。

「ねぇちゃん、抜糸はビビるなよ、抜糸は『バシッ』という音がすんべなぁ、ハッハッハw」

…( ゚д゚)くわーっ、このクソジジイ、寒いギャグを朝から飛ばすなよおい。何が「抜糸は『バシッ』」だよ!しかもこんな寒すぎるギャグで不覚にも笑ってしまった。は、腹が痛い…助けてくれ!!
歯磨きの途中だがうずくまって笑ってしまった。腹が猛烈に痛い。歯ブラシ行方不明。

ヤツの正体が明らかに…!!

腹を切ったばっかりなのでご飯はもとより水一滴すら飲めないわたしは点滴を栄養源として今日も生き延びる。
しかし点滴だけでは味気ない。漫画や本やテレビも飽きる(くどいようだが当時はスマホなんてものはなかった)、となればやっぱり人と喋る。これが活力の元だ。ザ・人見知りのわたしにしては珍しい。やっぱり世間と隔離されると人と話すのが楽しくなるのか。
世間から隔離されればされるほど人恋しくなるのか。いや「恋しい」は嘘だ。恋しくなくとも喋りたくなる。というわけでロビーへ行ってみるとホラやっぱりいたよ、あのスキンヘッドジジイ。こりゃいい話し相手になるだ。

スキンヘッドジジイの他に1〜2人いた。とりあえず複数人でバカ話をする。笑いすぎて相変わらず腹が痛い。
そのときだ。話の流れでスキンヘッドジジイの一言。

「おぅ、俺よぉ、昔刑務所に入っていたんだぜ」

まじかよ!これはやべぇぞ。あのとき何かやばい雰囲気を感じたのだがやはり直感ほどあてになるものはなかった。
笑いの腹の痛さと引き換えに心臓がキューッとなってしまった。今度は心臓が痛いぞ。一瞬周りの空気が凍りつく。
聞けば昔東北の某刑務所で服役していたとか。どうりでなんか東北訛りの喋り方をするジジイだと思った。何をやらかしてパクられたのかは知らないがどうも調べると「長期再犯者が収容されている」刑務所だそうで…長期再犯者ってことは相当ヤバい奴に違いない。

と、ビビっているわたしを尻目にジジイの話はヒートアップ。イチニイチニ行進で右手と右足両方出してガコガコに歩いていたら(実演あり)自分の息子ほどの刑務官に何やってんだと怒鳴られたという話から始まり、ロス疑惑で有名なあの三浦和義と同時期に入っていたが三浦和義がこれまた相当クズな奴だと言う話やら、ニューハーフが入っていたときの話やらあれこれあれこれ聞かされた。
※補足しておくが入っていたニューハーフは体は女だが戸籍上男だったため男子刑務所に収監されていたそうだ。

大人の事情により詳細はすべて書けないが、とにかく笑いすぎて腹が痛い。痛いどころか傷が開いて大腸小腸が飛び出してきそうだ。これでもかというほど散々ムショ話を聞かされ、格好の暇つぶしとなってしまった。
暇な暇な入院生活中にムショ話を聞いているとあっという間に時間が経つ。時間ってこんなに経つのが早かったっけ?

よくよく考えてみると周囲にムショ経験者はいなかったし、ムショ経験者から生でリアルムショ話を聞けるチャンスなんてそうそうない。ある意味貴重で有意義な入院生活である。いやその前にだ、盲腸の術後にムショ話は刺激が強すぎる。聞くならば腹を切る前の方が良い。それも、手術直前の方が良い。そうすれば緊張はほぐれる。

何かを失った代わりに何かを得る、とはよく言うが、わたしの場合は「盲腸を失った代わりにムショの知識を得る」ということだったのだろうか。
 

続く