食器の荷造りはエコじゃない。食器ケースを積極的に使うべきだ。

土曜日、つまりは昨日引越し屋からダンボールが送られてきた。
いよいよ引っ越しが現実味を帯びてきた。
大阪から離れる日まで2週間を切ってしまった。この家とおさらばする日が刻々と近づいてきた。

いきなり言うが、わたし自身人生での引っ越しは今回で5回目である。家族で2回、単身3回。一応転勤族の一人となっているらしいので会社員をやっている限りあと何回引っ越しをするのかは不明だ。
が、引っ越しなんぞそうそう頻繁にするものではない。今回で引っ越し5回目だが引っ越し慣れしているか?と言われると答えはNOである。大まかには流れは把握しているので何をすれば良いかわからぬ、ということはなくなってきているけど、やっぱり慌てるときは慌てるのだ。 

さて早速荷造りを始めているのだが、単身の引っ越しで今から荷造りって早すぎないかという声が聞こえてきそうだ。いやいや、だいたいこのわたし、引っ越しの荷造りに限らず物事を早めに取り掛かるということをしないと決まって間際になって慌てるのだ。

前回の引っ越し…東京から大阪へ引っ越してくるときなんか大変だった。不用品はきちんと処分をしていたものの、引っ越し一週間前に目が回るほど忙しくなりまったく家のことに手をつけられなかった。最終出勤日に残業が22時までになりそこから帰宅後残りの荷造りに手こずり、次の日の引っ越しは絶賛寝不足&朝からバタバタしながら旧居を後にしてきた。そういう苦い思い出があるため今回は早めに準備しているのである。

ところで引っ越しの際には隣人や上下階の人間に挨拶するか?という議論がしばしばなされるが、自分の見解をここで書いておく。
わたしは単身での集合住宅しか経験ないので単身の集合住宅という前提で話すが、ぶっちゃけ隣人上下階への挨拶は必要ないと思う。

そもそもだ、核家族も増え人と人との繋がりが希薄になりつつあるこのご時世、隣人とお近づき…どころか会話すらしないということは多いのではないか。下手すりゃ隣人の顔すら知らん、ということだってあり得る(今の自分がまさにそうだ)。
そんな顔知らん隣人がいきなり自分の家にピンポン♪なんかしてみろ、誰だコイツ?ってなりドアすら開けたくないだろう。「隣の部屋の●●です」なんて言っても嘘かほんとかもわからない。実際、引っ越しの挨拶に来た隣人を装って家に押し入り暴行だか殺人だかを働いた、という事件だってあるのだ。世の中物騒すぎる。

つまりよほど繋がりのない隣人が相手であれば特に何もする必要はない。そんな暇があったならばさっさと引っ越しの準備を進めるべきだ。
…というか今思ったのだが、隣人ですら顔を知らないのに上下階の人間なんかもっと繋がりはないだろう、きっと(笑)。
あえて言うならば、別の部屋の前にゴミを放置するなどひどい迷惑をかけなければ良い。それだけだ。

さ、引っ越しでなんとかならぬものかと思うもの第一位が食器の梱包である。荷造りダンボールとガムテープと一緒に食器梱包材(白くて薄いあれ)がついてくるが、これに食器を一つずつ包んでいくのがやたらめったら面倒である。
さらに食器梱包材に包んだだけではダメなのだ。ダンボールに新聞がみを敷き詰め、食器が動かぬようにギッチギチに詰めていかなくてはならない。これには新聞がみを一体どれくらい使わなくてはならないのだ。だいいち、引越し屋は新聞がみなんぞくれないので自分でもらってくるか購入するかしないといけないのが腹がたつ。
そしてだ、引っ越し先で開梱をすれば。梱包材やら新聞がみはこの時点で全て不要となる。ようはすべてゴミである。これはまさにエコではない!

と、食器梱包は新聞がみしかないのかと頭を悩ませていたらアート引越センターが「食器ケース」なるものを貸し出ししているそうだ。

www.the0123.com

これは素晴らしい!食器は入れるだけだし、引っ越し先でもケースから出すだけで終了するのだから便利かつエコである。ゴミは一個も出ない。素晴らしいではないか。
しかし残念なのが会社指定の引越業者はアートではないことだ。なので食器ケースの恩恵を受けられないのが大変悔やまれる。

環境のために食器ケースは広めていただきたい。
とかっこよく言ってみたが、本音は単純に「めんどくさい」からである。

めんどくさいとぶつぶつ言いながら食器を包んでて思ったのだが、そういえば単身で食器持ちの人間なんてほぼいないだろう。確かに食器梱包はめんどくさい。が、「食器ケースを貸してほしい」と言いたくなるほどの数は本来ないはずである。つまりわたしは無駄に食器を持ちすぎているということか。
とはいえ単身だ。「単身にしては少し多め」とたかが知れている数なので、外野がなんと言おうが大人しく食器を梱包するしかない。白旗を揚げた日曜の夜。