「ヘルプディスク」は記憶装置の一種ではない。

ヘルプ「デ」スクかヘルプ「ディ」スクか。
恐ろしくくだらないことに頭を悩ませていた時期があった。

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英語のスペルからして「ヘルプデスク」が正解のはずだが、会社で「ヘルプディスク」と発音している先輩がかつていたのだ。
およそ干支一回り前くらいの話だがこの頃からその先輩と一緒に仕事をするようになり、社内のヘルプデスクと連動して日々業務を行っていたのだが(わたしは社内システム系の部署にいたので)ことあるごとに「ヘルプディスク」を連発していた。

これには我が耳を疑った。
ちょうどこの頃外耳炎を患って耳鼻科へ通っている最中だったので、「もしや外耳炎どころか鼓膜の異常にまで発展してしまったか」と震え上がり聴力検査を申し込もうと思っていたところだった。来る日も来る日も会話では「ヘルプディスク」、耳の調子が良いときでも聞けば「ヘルプディスク」。

だが耳がおかしいわけではないと確信した出来事があった。
課内で業務報告を書くことにしましょうと決まった日、例の先輩がMS Accessで作られたフリーの業務報告ソフトを共有してきた。
早速一日の終わりに業務報告を書く。日付、名前をまず選択…●月×日、担当者:アヘラ、何時から何時は何をやっt…

んっ?

業務の分類項目を見て唖然とした。
分類項目の中に「ヘルプディスク」と入っている?!

やっぱりわたしの耳は間違えていなかったのだ。とうとう文字にまで「ヘルプディスク」殿が参上した。これはいけません、だがまさかのまさかで「ヘルプ…『ディ』スクは間違いだと思いますが…」なんて言えるわけがない。そんな粗探しをしているならば仕事にきちんと打ち込めと一蹴されることが目に見えていた。

わたしは日に日に悶々とする時間が増えた。ジャブをひたすら浴び手出しができずダメージが深くなっていくボクサーのようにわたしの脳内もダメージを徐々に受けていった。
またメールでも度々「ヘルプディスク」の文字を目にするようになった。メールの宛先が複数人いたので宛先に入れられた連中も気づいていたはずだが誰も指摘する者はおらず、ここでも「孤立無援」と化した。

しかし時は流れかなりの年月が経過したときのことだった。
部内でとあるプロジェクトが立ち上がり、わたしも参加させてもらうことになった。このメンバーの中に例の先輩も入っていた。
毎週ミーティングがあり意見交換が活発に交わされていたのだが、ミーティング終了後に数名がこそこそなにやら笑っていたのを偶然聞いてしまった。
え、なんか感じ悪いぞと思いつつ腹をくくって「よく笑ってますけどぉ、一体なんのことですかぁ?!(わたし何かやりましたか?!あんたら超〜感じわるぅ〜い!)」と食らいついた。すると

「あ、アヘラさん!?ちょっと聞いてくださいよ…ヘルプ『ディスク』って!!(爆笑)」

うぉぉぉぉ!!!気づいた人間がいたか!!
そうなのだ、ここ数週間ミーティング後メンバー数名は例の「ヘルプディスク」をネタに笑っていたのだ。「今日は●回言ったよね」と軽く『ディ』スっていたのだ。
わたしは堰を切ったようにポロポロと胸のうちを告白した。今まで「ディ」が気になっていたのに誰にも言えず、まるで「夫からのDVに耐えられず誰にも相談ができず泣き寝入りする女性」のような気分を何年も味わってきたのだと。メンバー数名は黙って頷き憐れみの顔をわたしに向けてきた。いや「憐れみの顔」はどうかと思うが。

それからと言うものの、メールで「ヘルプディスク」があれば関係者へ「参考まで /アヘラ」と書いたメールを転送する日々が続いた。同じくご丁寧にメールが転送されてもきた。またこの時期仮想通貨の「ビットコイン」が流行した時期だったので「ディットコイン」なる言葉まで生まれた。
「1ディットコイン」って一体いくらなんだよとツッコミを受けつつ「10ディットコインでジュース買えるか買えないか」と考えてみた。当然結論は出ない。

そんな中この頃当時の上司も「ヘルプディスク」に対して神経を尖らせていた。上司宛に来た先輩からの報告メールに「ヘルプディスク」とあればすかさず上司から「アヘラさん 参考まで /●●(上司の名前)」としれっと転送されてくるわ、その先輩が口頭で「ヘルプディスク」と言えば上司はわたしに変なアイコンタクトを送ってくるわで忙しい日々だった。もはや「ヘルプディスク」ポリスだ。忙しいったらありゃしない。
上司は上司であの手この手で本人へ直接指摘しまくっていたのだが、「ヘルプディスク」を守りたいのか先輩は一向に改善の気配を見せなかった。「頑なに」という表現がぴったりとハマるほどだ。

だがそんな日々もとうとう終わりを告げた。
ある日を境に例の先輩が「ヘルプディスク」と言わなくなったのだ。
え〜なんでじゃろ、なんでなんでどうしてつまらんぞと考えていたら思い当たるフシがあった。
その先輩、とある用事で部長から呼び出しを食らっていたときがあった。その日と照らし合わせてみると確かに言わなくなった日とほぼ合致する。

これ、おそらく我々のせいだと思う。
例のプロジェクトで飲み会を行ったときのことだ。部長も参加していたのだが例の先輩は飲み会欠席、それをいいことに我々が「あの人はヘルプデスクを『ヘルプディスク』と言う」と話したのだ。部長はガハハと笑っていたのだがきっとそれについて「あいつらがお前のことを言っていたぞ」と言ってしまったと思われる。
あとから大変後悔した。ディスったのはマジで詫びるが、わざわざ言うものでもなかったと。
というより、上司からの指摘はスルーして部長からの指摘にはピタリと応じるとは。一体どういうことなんだろうか。

ちなみに似たような例で「デスクトップ」か「ディスクトップ」かというのもあるがその先輩は御多分に漏れず「ディスクトップ」と言っていた。
これについてネットで調べていたら某大手小町掲示板を見つけた。さすがは大手小町掲示板で聞いてはダメだ、「そんな違いがあったからってあなたに何があるわけ?!」「じゃあなたは正しい日本語を使っているんでしょうね」「あなたの素晴らしい英語を聞いてみたい」とまぁ辛辣な意見よ。顔が見えないのをいいことに色々言ってくれるわね〜と思いながら眺めたのであった。

ま、確かに「ヘルプディスク」と言ったからってどうってことはないんだけどさ。
多分例の先輩にも「ヘルプ『デスク』だと思いますけど」なんて指摘しようものならば「だから何なの?」とギロリと睨んでくるのは目に見えている。その先輩も上記で書いた小町の意見を言うような感じの人なので。

「ヘルプディスク」が気になってたとはいえ気になっていたけど、逆にもう「ヘルプディスク」が聞けなくなりちょっとがっかりしている自分がいる。あああの時部長に言わなければとただただ後悔するばかりである。
が、逆に影でディスっていても陰湿すぎるイジメになるのでこれはこれでよかったのだぞ、と己の行いの反省をしきりにすべきだともう一人の自分が脳内で叱ってくる。
人間、言い間違いは誰にでもある。こういうことをいちいち影でちくちく言っていても人間成長しないのだ。ああこういう人もいるのだと個々に対して尊重すべきだ、やっと自分の中で出せた結論である。

…しっかりと己で消化し「ヘルプディスク」が脳内からすっかり姿を消していた。
「ヘルプディスク」終了後数年経過した先日、11月某日のことだった。
一通のメールを受け取った。

From:例の先輩
To:関係者各位
「以下、ヘルプ『ディスク』からの回答…(このあとメール続く)」

わたしはすかさず当時の上司へ転送した。
「●●さん 参考まで /アヘラ」

自分の中で出した結論は一体どこへいったのか。まるで成長していない。