あの人にもヘンな癖がある、人間ひと癖ふた癖ある方が味がある。

わたしが通っていた高校は公立高校だがとにもかくにも変な教師がたくさんいた。
低偏差値高校だったがゆえかは知らんがひと癖ふた癖ある教師ばかりだったため、逆にまともな教師を探すのには大変骨が折れた。

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 以前↓の記事で変態女体育教師について語ったが、

blog.ma4yi1ji2.com
他にもインパクトが大の教師がいたので紹介したい。

高校一年の頃クラスの担任だった数学教師。風貌は中肉中背、年齢は推定40後半〜50前半と言ったところ。天パでワキガがすごい独身の男教師だった。
意外や意外このオッサンはコンピュータを扱うのに長けており、まだ世の中(20年ほど前)がそんなにパソコンパソコンワールドワイドウェッブしていない時代に於いての「ザ・理系」と言うのが相応しい人間だった(と思う)。

その教師だがある癖があった。

なんと語尾に「つったの」と必ずつけるのである。

どういうこっちゃわからんと思うので続けて説明したい。

入学して間もない頃の話だ。
担任であるその教師の話を一番前の席で聞いていたら違和感を覚えた。語尾が何かおかしい。
「…の」、「ったの」、「つったの」。

へ?!なんて言っているんだこいつは、と段々わけがわからなくなってきた頃やっと全貌が明らかになった。
「あーというわけでですねつったの、これからこうやってつったの、各自行うようにしてくださいつったの」。

無論「うちの担任は語尾につったのと言うのだ」と帰宅後母親に話すも全くもって信用されなかった。母親をはじめ他クラスの友人ら一同に話しても無駄。わたしの耳はおかしいんかいとがっくりしていた日々を送っていた。これでもかと降りかかる「つったの」との戦いと、誰にもわかってもらえないこの苦しさとで毎日毎日拷問だ。人間は額に一定の速さで水を垂らし続けられると発狂して最後には死んでしまうと言われるが、当時のわたしはこのときまさに「てきてきと水を垂らし続けられて発狂するかしないか」の段階だったのだ。そのぐらい頭がおかしくなっていた。

しかし事態は急展開する。
ある日わたしは学校をサボった。無断欠席だ。おかげさまでその日の晩担任から電話がかかってきており母親が不運にも電話を取ってしまっていた。
当然母親にバレこっぴどく叱られた。
が、その数分後。コロッと母親は怒りを忘れしんみりと語り始めた。
「そういえばね…やっぱりあんたの言う通りだったわね。『つったの』連発していたわよ…生『つったの』だわ〜(以後大爆笑して止まらず)」
聞けば「おたくのお子さんがですねつったの、本日学校に来ておりませんでしたつったの!おたくではお子さんのお休みを把握していたんですかつったの、とにかくですねつったの、しっかり学校に通わせるようにしてくださいねつったの!」という具合で説教してきたというのだ。母親はたたみかけるように襲ってくる「つったの」の攻撃に耐えつつ「はい、はい、んマァ大変申し訳ございません(プププ)…」と爆笑寸前の状態で電話をしていたという。

他クラスの友人らもやっとこの事態に気づいてくれた。ちょうど良いことに他クラスでも数学担当が当の教師だったため授業中に「つったの」連発しているのがいやでもわかったようだ。
全てが明らかになったのでしっかりと我々はその教師に「つったの」というあだ名をつけて差し上げた。「こないだ『つったの』がさぁ〜」みたいな感じで喋っていた。(以後、当教師を「つったの」と呼称する)

そんなつったのだが、自分では語尾に「つったの」とつけているということを全く自覚していなかったようだ。クラスの誰かが「ね〜先生さぁ、なんでいっつも語尾に『つったの』ってつけてんの〜?」と聞いていたのだが当のつったのは「え?俺そんなこと言った?」と。さすがに気をつけたのかしばらくは「つったの」が聞こえてくることがなかった。

が、数日後ボージョレではないが「つったの解禁!!!」と言わんばかりの「ダブルつったの」事件が起こった。
男2名が掃除をサボり帰ろうとしていたところ、つったのが怒鳴った。
「おいっ!!お前らっ!!掃除をサボるなつったのつったの!!!

勢いづいたおかげで「つったの」を重ねる度に音声ボリュームのつまみが上がる。それを教室で聞いていた生徒全員大爆笑、中には笑いすぎて涙を流す者まで現れた。「うっわ『つったの』って二回も言ってんじゃん」とバカにされたつったのはたいそうバツが悪い顔をしており「笑うなつったの」と今にも言いたげな顔をしていた。
音楽記号で「ダブルシャープ」「ダブルフラット」とそれぞれある。それぞれの意味は「半音上げた音をさらに半音上げる」「半音下げた音をさらに半音下げる」だが、ついでに「ダブルつったの」という記号も作れそうだと心底考えていたわたしは暇人か。「つったのを付加した語尾に対してさらにもう一回つったのを付加する」という感じで。

さらにこれだけじゃない。ある日誰かが教室の窓ガラスを割った。
つったのが「ガラスを割ったのは誰だ」と静かに言ったとき、一人の男がおずおずと手を挙げた。
するとつったのは指をさしながら「ばかやろうつったの」と言った。
これまたクラス中大爆笑。「ばかやろうつったの」は迫力なさすぎるどころか脱力してしまう。

そしてこのわたし自身の話であるが、「つったの」をネタに金を稼いだことがある。
当時家で購読していた読売新聞の集金の際に新聞配達員が持ってくる「特別号」みたいな冊子があり、毎号毎号読者からのお便りが掲載されていた。
いつもそれを楽しみにかかさず読んでいたのだがある回で「家族、友人その他身近な人の癖について募集!」とあったのですかさず投書したところ、「あの人にもこんな癖がある」というカテゴリでトップに掲載されてしまったのだ。
掲載されたぞワーイと喜んだのもつかの間、ペンネームを書き忘れてまんまと本名で掲載されてしまった。そういや掲載された冊子が届いた後数日間つったのが微妙な表情していたような気がするが…??
後日定額小為替3,000円分が送られてきた。まだアルバイトをしていなかったときだったのでこの3,000円が人生で初めて稼いだ金ということになる。
しかし、他人のネタで金を稼ぐ女子高生…なかなかえげつないぞ。

思ったのだが、低レベルな学校だからこんな教師がいたのか、こんな教師がいたから低レベルな学校だったのか。卵が先か鶏が先かじゃないがとにかくこの点からどうしょうもない学校だったということがありありとわかる。
つったのはその後卒業まで我々の学年の担当教師だったが、担任となることはなかった。それどころかわたしのクラスの数学担当になることはなかった。「生つったの」が聞けたのは一年時だけの楽しみだったのが残念でならない。

なおこれはあとで知った話だが…当時私服だった我が母校だが、2000年代のいつからか制服化したそうだ。つったのは最後まで「制服なんか導入することはない、私服でええやん」と制服反対派として最後まで戦っていたそうだがついには敗れて我が母校を去ったそうだ。きっと「なんで今更制服を作るんですかつったの」と言いながら。

卒業してから約20年。おそらくつったのはもう定年を迎えて教壇に立つことはしていないだろう。生きてりゃ年金暮らしということになるかと思われるが、今日も日本のどこかで「つったのつったの」と言いながら老後の生活を満喫しているだろう。
あ、死んだら戒名に「つったの」を入れれば完璧だ。「●●院狐臭つったの信士」のように。そうすれば一人の男が生きた証ということで存在が色濃く出るに違いない。

最期の言葉はもちろん「つったの」だ。きっとそうだ。