あの世から迎えが来たその瞬間我は一体何を思うぞ

若くして命を落とす ー これほど自身にとって悔しい思いをすることはないのかもしれない。

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本日知ったことなのだが、以前とある演奏会で数回ご一緒した方が亡くなられたそうだ。知人のfacebookの書き込みで知った。
死因に「急性」がついたくらいなので本当に突然だったらしい。ご家族の方もさぞ無念だったに違いない。

facebookで知ったためその方の本名が明かされている。名前を見ても「誰?」という感じでまったくピンと来なかったのだが、亡くなられたご本人の個人ページを覗いたところお写真を見てわかった。確かトロンボーンの方だ。

一度もお話ししたことがなかった…あ、一回だけ口きいたことがある。
いつぞやのGWの演奏会の打ち上げにて。わたしが家族からもらった菓子をその辺の人に配り歩いていたのだが、その方にも差し出したところ「要らない」と一言ぴしゃりと言われた。
「なんだよ言い方ってもんがあるだろ」と内心ムカッとしたが何も聞かなかったふりをしてやり過ごした。まさかそれが最初で最後の会話になるとはなぁ…と今になって思う。

冷たい言い方をするが、別に知り合いでも何でもない、「とある演奏会メンバーの一人」同士だ。ましてや先ほど書いた一件があるので特に感慨深いものは何もない。が、幾つで亡くなられたか知らないけど今ここで命を絶たれてきっとご本人はさぞ悔しいだろう。最後にお見かけしたときはまだまだお若い感じだったし、まだまだずっとトロンボーンを吹いていたかったと思う。それを考えると無念だ。

そういえば今までの人生、周りで若くして命を落とした人間が結構いた。
中学時代に部活の先輩が喘息でわずか16歳で亡くなり、20歳の頃高校の同級生がバイク事故で即死した。あと昔ヴィジュアル系バンドで「Raphael」ってバンドがいたと思うが、ギターの華月こと渡辺和樹君が19歳で亡くなっている。実は彼、1年の途中まで高校が一緒でクラスは違ったけど同級生だったのだ。
さらに会社の後輩が立て続けに30代半ばで癌で亡くなるということもあった。

病気も事故も一緒にしてしまうのはどうかと書いてて思ったが、共通していたことは「人生これから」というときの死だ。16歳で亡くなった先輩は高校に入ってまだ1年目の青春真っ盛りだったし、20歳でバイク事故死した同級生は仕事も恋愛も満喫していたようだ。19歳で亡くなった渡辺君もRaphaelでやりたかったことがたくさんあったかと思う。そして癌で亡くなった後輩たち。彼らは妻子を残して旅立ってしまった。特に子供はまだ小さく可愛い盛りのときだった。

もしわたしが今「もう余命わずか」という状態になってしまったらどれだけ悔しいか想像がつかない。
確かに仕事は嫌々やっている日々だし恋愛の「れ」の字もなく干物女化していて腐り気味、おまけにいい歳のくせに決して金を持っているわけでもないけれど趣味のクラリネットや語学を続けているおかげで少しは人生が潤っている。
こういうチンケな人生を送っているけれど今ここで病なり事故なりで突然命が亡くなったらと考えると恐ろしく悔しい気持ちになる。もちろん人生に対しての後悔もあるだろうしやりたいことがあったと悔やむだろうけどなによりも「なぜ今命が終わらなきゃならんのか」という思いが強くなる気がする。
今回亡くなられた方も、今まで若くして亡くなられた方もきっとそういう思いが死ぬ瞬間のほんのわずかにでもあったに違いない。

人間、どこの誰がいつどういう理由であの世へ行くのかは誰も知らない。「その時」が明日なのか数年後なのか数十年後なのかは全くもって予測不可能だ。
『次の瞬間あの世へ行くことになったとしても後悔しない生き方をしているのか?』と自分の人生を振り返ってみた。そういえばこれまでの人生納得した生き方をしていない。過去は過去だ。ならば今後これから自分に嘘つかず常に納得した生き方ができるよう自分からアクションしていくべきなのだと。『これから』の期間が一体どのぐらいになるのかは不明だが少しでも長く納得した生き方ができれば御の字だ。

そんなことを今日とある方の訃報を聞いたときにふと考えた。
そして哀悼の意を捧げる。